ギニョっち通信

朝鮮関係の翻訳ニュース、将棋、アングラネットの話。日本語でググっても出てこない情報をアップします キムギニョン

■チベット産コンドームおよび対爆ベビーカー

 

原爆ドームが一つ増えた。遂に広島に二発目が落ちた。いや、通算だと三発目なのか。中国の倫理観ならば、真っ先に千代田に落としそうなものだったが(特に一丁目ら辺)。

対中貿易戦争に敗北して久しいアメリカは、もはやWW2最初期のように北米大陸に引きこもって国内の第三次大恐慌の処理に尽力したがっており、無論、参戦しない。
在日米軍兵士は、キャンプシュワブの正門から数百メートルの場所で市街戦をする日本兵と中国兵をフェンス越しに見物しながら、さっさとホワイトハウスが中国との不戦協定を締結し、基地を引き払って故郷に帰れる日を今か今かと待っている。
当然のようにロシアも参戦していない。それどころか、日本が占領されれば、北方四島の領有権衝突の相手が今度は中国に変わるのだ。今までのように適当にあしらう作戦は通用しない。
経済衰退著しいEU諸国も、今回の中国の侵略行為に皆無視を決め込んでおり、自国の問題処理に頭を悩ませている。
よって、幸か不幸か、今回の戦争は「第三次世界大戦」ではなく「第二次日中戦争」にその規模を留めるのであった。
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高層ビル技術が完成した時代、世界の資産家の間では、より標高が高い場所に住居を構える事がステータスだった。
今の日本では逆で、居住する核シェルターが地下深ければ深いほど、潤沢な資産を持っている証としてファッショナブルとなっている。
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私の親戚の子は20歳の頃に、同じく20代~10代がメイン層で構成されている「大和文化の会」という民族主義思想団体に加入し、毎週末、団体員とシェルター内の文化会館に集まって、ヘタな毛筆で、夜桜がどうのこうの、トバリが、キジがどうのこうの、という和歌をしたためている。
しかし、彼らはみな地下シェルター生まれ地下シェルター育ちであって、夜桜もトバリもキジも、というか空でさえほとんど肉眼で見た事がない。
日本文化への憧憬で居ても立っても居られずに、見た事もない絶景を、楷書の毛筆で詠んでいるのだ。
この前こっそり文化会館を覗いたら、彼らはパソコンで景勝地の画像を表示して、皆でそれを見て和歌を詠んでいた。
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最近は「個人用核シェルター」なるものが一般家庭にも普及した。ここで注意して欲しいのが、「シェルター」とは「殻」を意味するのであって、地下に設置されている事を必ずしも意味しない。
冷蔵庫くらいのサイズの鉛製の箱が「個人用核シェルター」として、日本政府から全家庭に配布されている。
平時はそのデカい箱を家の隅にでも横倒しに置いてテーブルにでも使いなさい、核が降ってきたら蓋をパカッと開いて中に入りなさい。こういうコンセプトだ。名称は「権益ゆりかご」。
大人が1人入ればギュウギュウになり寝返りもうてないような内部。最低限の空調や排泄物処理装置がゴツゴツと内壁から姿を見せているが、その中でも最も目を引くものと言えばオンライン決済用の装置である。
これのおかげで、我々は核シェルター内部からも年金、各種税金、ローンの支払いが可能となっており、国債だって買えるし、オンラインで投票も出来るし、富士山、鶴、神社仏閣、皇族の写真などの高画質画像のほか、皇室アルバムNHK(要受信料)も閲覧できる。
我々日本人の宝である民主主義は、核の雨などには邪魔できない!シェルター内で税金の支払いを滞らせた場合は「避難者が死亡したもの」として空調も排泄物処理装置も停止する。
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開戦前の日本の凋落ぶりは凄まじいものだった。
昔と真逆で、タイ人のフリーターがアルバイト代を握りしめて日本に安い飯と女と麻薬を買いに来るような状況だった。
内モンゴル自治区の返還とロシアの凋落をきっかけに中国共産党との一蓮托生関係を選択したモンゴルは、中国による資金注入で急速に経済発展し、福岡県のGDPウランバートル市が抜いたのはもはや記憶に新しくない。
私は開戦前、大学でモンゴルの宗教史について教えていた。

その昔、初代ジェプツンダンバ・ホトクトの8回目の輪廻身ボクド・ハーンはモンゴルに宗教政権を敷いていた。
彼はモンゴル版ダライ・ラマのような人物だ。ここで転生活仏の概念を説明しておく。
ダライ・ラマがどういう立場なのか、一般的には知られていないと思う。
あれは、単なる「偉大なお坊さん」ではなく、「大昔の偉大なお坊さんが、輪廻転生した姿」だ。
ダライ・ラマ14世の「14世」とは、「初代ダライ・ラマの14回目の転生」という意味だ。
その代のダライ・ラマが死ぬとする。死に際に彼は病床で、たとえば「黄色い屋根の家の映像が見える あたりは草原だ」と言い遺す。弟子はその映像に似た景観の地をチベット中探し回る。
そして、国内にいくつか発見した候補地の付近に住む適当な子供を「先代ダライ・ラマの変化身」として新たに祀る。
天皇家は、「神と交信できる者の子供は、神と交信できる能力を継承する」という設定で運営されているが、密教には基本的に遺伝子的世襲制度はなく、無作為に国内の子供を貰って、ダライ・ラマ認定する。
ボクド・ハーンはそのモンゴル版だ。

それまで数百年間、歩く夢幻であるボグド率いるモンゴル仏教の「神話」に従い生きていたモンゴル民族は、世界の赤色クーデターに呼応したロマンチストなモンゴル人青年の権力掌握により、共産主義という新たな「神話」に従って生きる事になった。
いよいよ、赤色の夢想家に玉座を明け渡す時、ボクド・ハーンはこう言った。「初代から続く転生は、私の代で終了する」
よって、近代科学の観測範囲を超越する神秘的能力をもってしてボクドは輪廻を切り上げた。「モンゴル人民共和国」に、次の活仏は必要ないのだ。鎌とハンマーが、仏法の霊力を粉砕した。
結局、8代まで脈々と連続してきた転生の終了を許せない僧侶らは、遠く離れたチベットにてボクドの9回目の輪廻身を「発見」した。
この、「モンゴル仏教主義国」から「モンゴル人民共和国」への転換、言うなれば「夢幻のシフト」がモンゴルの国民意識にどのような影響を及ぼしたか、そしてイデオロギー交代による文化転換の様式、および摩擦の研究が私の分野だった。

しかし、経済逼迫によって人文学不要論が飛び出し、とどめとして学徒動員が施行。私の教え子は新潟沖海戦、小倉での地上戦、対馬における玉砕などで英霊になってしまった。
一応、私は何を思ったか靖国に行ってみた事がある。宗教をメタ視点から解剖するような者が呪術施設に足を運ぶのは自分でもおかしいと感じたが。
靖国神社は、内陸の安全圏なのにかなりの兵士によって警備され、わざわざ数機の戦車まで駐屯しており、境内では防空レーダー車両と対空砲が、来るかもしれない中国機をジッと待ち構え、まさに鉄壁、みな一丸となって文化と霊魂を守っていた。
いや、何を守っているかは正直なところ私ではわからなかった。ので、警備兵のひとりに「何を守っているんですか」と聞いたら「神社です」と返ってきた。
ちなみにその兵士の腰の銃も、戦車も防空レーダーも対空砲も全てアメリカ製だ。今の日本はもう満足に電子レンジすら作れない。
それはともかく、故郷の港町からほんの数キロ沖で海戦で死んだり、装甲車両どころかロクな重砲すら配給されずに防衛任務にあたらされ、結果、自国領で玉砕するという悲しい最期を迎えた教え子の事を思うと胸が痛む。
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開戦の兆候は、随分前からあった。二十五年前に中国とインドがABC兵器てんこもりの戦争を実演したお陰で、そしてアメリカがそれを知らんぷりした事で、世界中の資産家が競うように地下核シェルターを買い始めた。
世界の警察は、もう自国領の事しか頭にない。大はしゃぎでイラクやアフリカに爆撃機を走らせていたあの頃の元気は跡形もない。これからは「世界の人民警察」の時代だ。
それ以降はもう、私の孫や親戚の子がそうであるように、上流階級の子息は地下シェルター生まれ地下シェルター育ちなのが一般的になっている。地表には貧乏人しかいない。
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いま、私は国に制作を要請された「共産主義および漢民族の風俗が、純朴たるモンゴル民族に与えた悪影響について」という題名のプロパガンダ論文の執筆で忙しい。
中立的であるべき学術論文の題名に「純朴たる」なんて主観的でポエミーな言語を用いるよう役人に指定された事に驚いた。当時のモンゴル文化は純朴で美しく、侵略者である共産主義は醜かったという含みを持たせたいのだろう。
役人の、この「純朴たる」という言語感覚が示すように敗戦は近い。民族主義者達の余裕がなくなっている。
中国兵の隊列は、帝都・東京まで、毎刻猛進している。その赤い足音が近付けば近付くほど、新聞紙における国威発揚の文句はよりいっそう華々しく、喧しく色付いてゆく。散る直前に最も鮮やかになる桜のように。
発揚されども発揚されども、湧きたった国威は、それをぶつける先がない。文化的裏付けのない即席の拳は、振り上げられたものの、振り下ろす先と言えば虚空である。
果たしてこの拳は何か正当性が、正統性があるだろうか?という疑問も些細な雑念でしかなく、ただ拳を振り上げるその陶酔感だけであった。

水のような配給コーヒーを啜りつつ、休憩がてらテレビを点ける。お天気予報だ。民放2局が経営破綻したのでチャンネルが少ない。
「新宿28℃。晴れ時々曇り。降水確率10%。放射線濃度0.3シーベルト毎秒。お出かけの際はマスクをするなどして対処してください。続いては芸能ニュースです。」

地図における日本国の領土の形状は、本当は毎日変わっている。小さくなっている。しかし報道統制されているので皆知らない。
テレビでは、当然のように「完全な」日本列島地図がパネルに映し出され、天気予報士が北海道の気温や洗濯予報を紹介しているが、いまお前が棒で指し示しているそこは、その島は、半年前から中華人民共和国日本省なのだ。

地表は驚くほど平和だ。いや、爆撃、地上戦、共産ゲリラ、秘密警察による市民弾圧は盛んだが、危機感がない。
だがこういうものだと思う。WW2のすぐあと、隣の半島でコミンテルン自由主義陣営が大戦争を繰り広げていたが日本人はみんなフラフープやゴジラに夢中だった。
米兵だって、未開の土人国家と戦争をするとき、前線基地でテレビゲームをするしアイスクリームを食うし母国のテレビを見る。
人間は予想以上に鈍感であって不合理的だが、平時はそれについて特に意識せず、それを勘定に入れずあれこれものを考えている。
三発目の原爆の事実は伏せられている。いや、ほとんどの爆撃や地上戦は報道されない。インターネットはほとんど廃止された。
ネット検閲システム「防人」の実装により、数年前から我々は政府のホームページくらいしか閲覧できない。SNSは存在しない。
VPN使用は終身刑だし、TORも日本政府がノードを占領しまくったので使えなくなった。
元来TORは、権力により弾圧されない活動空間を世界中の思想家に与えるため開発された。
しかし結局、ほとんど薬物売買のツールになってしまっていたが、いよいよこのような時代になって、日本人も”はじめて”本来の用途でTORを使い始めたのも少し前の話。

愛知県沿岸には、日本中のインターネット使用状況を監視する装置が満載のシェルター「権利保護棟」が存在し(何の権利を保護しているんだ?)、伊勢湾からくみ上げた放射能汚染水が施設内を循環、内部の監視マシンを冷却して熱暴走を防いでいる。
中国は「日本人民への真実の解放」を名目に、権利保護シェルターの破壊作戦を試みているが、海上自衛隊の総戦力5%は(太平洋側にも関わらず)その施設のある伊勢湾及び周辺海域を防御しているため、難しいらしい。
ちなみに「(太平洋側にも関わらず)」と小言を挟んでみたものの、よく考えれば現在、太平洋側にも関わらず中国は悠然と硫黄島を占領しているので、別に関係のない話だった。名称は改められて「解放島」になっているらしい。
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地下シェルターでは、国債を一定量購入した国民に幻想装置が提供される。これは脳に機械を接続し、脳内に発生した幻想世界で、自由気ままに遊べる、という発明品だ。
シェルターには富裕層しかいない。という事は同時にシェルターには大量の知識層が存在する。
政府はある程度自分を客観視できるようで、歴史上しばしばそうであったように、ていたらくな政体にインテリが造反し、たとえば地表で市民革命を煽ったりしないよう、彼らを骨抜きにする策を練る必要があった。
そこで編み出されたのがこの装置である。私も富裕層の一員としてデモンストレーションを体験した事がある。

幻想装置の外観は、白くて大きなたまご。かわいらしいデザインだ。前面の扉を開くと、外観より遥かに狭い内部空間に、学校で座るそれのような、木とスチールで出来たイスが一つ置いてある。
外観に反して内部は全く持ってSFチックではない。ただ学校イスが一つ。狭いので、身を屈めて装置内に入り、イスの上に体育座り。天井が低いから首を丸めないといけない。
内壁から伸び出ている細いコードを、係員が両耳の内部に挿入してくれる。事前に局所麻酔を受けていたので痛みはないが、挿入の時に耳腔内で鳴り響く「ジャリ、ジャリ」という痛々しい音から察するに、ずいぶん手荒に脳へ向かってコードが突き進んでいるらしい。
それが済むと係員が扉を閉める。無音、無光。事前講習の通り、体育座りのまま俯いて、目を閉じ、意識を集中する。
別に幻想注入がなくても、静かで、誰にも邪魔されない暗闇でじっと丸まっているだけで十分気持ちがいいものだなと感じつつ、意識を集中する。
次第に、まぶたの裏に広がる暗闇に、散発的に白い火花が散る。目に力を込めて、まぶたを閉じつつ目を見開くような感じで、その火花をにらみつける。
そうしていると、若干ぼやけた何かの映像がまぶたの裏にだんだん浮かび上がってくる。10分もすれば、完全に幻想世界に居る。

私は幻想世界でCGの美女相手に一生分の射精をした。と言いたいところだが、女10人と一緒にベッドに入るシーンで急に意識を失った。耳から脳へ接続するチューブが故障していたそうで、恐ろしい事に脳膜を少し焼いた。
随分重傷だったようで、悲しい事に、私は再び幻想装置を楽しめるほどの回復は見込めない。その事故以後、心なしか足し算や引き算が難しくなった気がする。
知り合いの元哲学教授は幻想装置にずっぽりで、「生前」は、やれ実在論、やれ認識論、なんだかんだ言っていたが、今では排泄物吸引チューブを局部に接続し、すっぽんぽんであのタマゴの中で夢を見ている。
一生涯あの装置の中に居る事を決めた者は、エコノミークラス症候群防止のために四股を切断されているとか聞いたことがあるが、彼もそうなのだろうか。
あるいは、一生涯幻想を見せるのは国にとってコストがかかるので、適当な期間だけ幻想を楽しませて、そのうち脳チューブから徐々に毒を流し込んで行きいつの間にか絶命させる、
という信憑性のあるリークも一時期あかるみに出た、が、その強制的安楽死は驚くほど問題視されなかった。

ちなみに仮想現実では30分毎に視覚と聴覚がCMに占領される。デモンストレーション時、CGで出来た異様に背の高い白人女と私が、これまたCGの日光東照宮境内を散策していると、急に視界全体をCMが覆った。
厚生労働省奨励の排卵誘発剤「ハラミン」 これ一錠で、元気MAX一発!あなたも笑いの絶えない大家族!ネバーギブアップ・ジャパン! 提供:少子化対策省」
「あなたのDNAを検査!「ハプロサーチング」でルーツをチェック!」「私はギリシャ人だったよ!」「私はゲルマン系!」「すごーい!」「あなたのルーツは?」
(富士山の映像をバックに君が代が20秒流れる)
防衛省からのお知らせです 戦争殉職者恩給基金にご協力ください」
その後10分ほどCMが流れた後、CGの日光東照宮に戻る。

以前、大阪のほうの核シェルター入居者に、かなり狂信的なプロテスタント保守派の資産家が居て、どうも仮想現実に陶酔する人々が気に入らなかったらしく、幻想装置を叩き壊して、中から使用者を引きずりだしたそうだ。
シェルター自治警察には「皆、夢想に浸からず目を覚ますべき」「真実と向き合うべき」「現実を見ろ」と陳述していた。
悦楽の境地で各々の幸福を楽しんでいた人々は、乱雑に耳からチューブを引っこ抜かれたせいで頭がパーになった。おかしな事件だった。
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最強国家になりつつある中国は、随分時間がかかったが、いよいよ本当に「解放」をしつつある。
新疆族やチベット族から地方行政区の長が誕生し、中国全土は緩やかに独裁制から民主制へ移行しつつあった。
相変わらずそれらの土地は「族自治区」として主権を持たなかったが、世界一の経済繁栄を享受する”中国人民”にとっては大した問題ではなかった。
新疆やチベットの生産品には「MADE IN CHINA」ではなく「MADE IN XINJIANG」「MADE IN TIBET」などと表記され、輸出に際して世界に解放をアピールし始めた。
しかし宗教弾圧はまだまだ現役だ。が、その手段は暴力ではなく、単に「経済繁栄」だけで十分だったようだ。
噺家殺すにゃ刃物はいらぬ、あくび一つがあればいい」ならぬ「宗教殺すにゃ刃物はいらぬ パンとサーカスあればいい」
不毛な山脈とチベット寺院だけの退屈な地に、突如として現代文明が流入したのだ。

中国が共産主義を忘れて久しい。経済発達の過程で、中国も当然のごとく、市民の消費を煽り、いかに無駄な物に金を使わせるかのレースである資本主義に合流した。
長年抑圧されてきたチベット族の煩悩は一挙に”解放”され、彼らはスマートフォンやテレビやポルノビデオに耽溺し始めた。
そして、チベット族自治区は中国全土で最も高い出生率を誇る地となった。
もちろんコンドーム消費量も中国一。中国一ということは従って世界一。コンドーム生産量も世界一。世界のコンドームシェアのほとんどは「MADE IN TIBET」
チベット僧は泣いているだろう。もはや過去の遺物である「ダライ・ラマ転生制度」は、歴史の授業中に「なんて非人道的なんだ…」という一種の侮蔑をチベット人幼児に惹起せしめる情操教育の足掛かりとなっていた。

開戦前の日本では、たとえば医療器具や車や、それにコンドームのような、かなり重要で、かなり精密さが要求されるモノでさえ、日本製より中国製を使って当然となっていた。
戦争に際して日中貿易が停止してからも、中国製の輸入品は、まだまだ日本に多く残っている。我々は日常、戦争相手国の製品を使用する度に日本国の没落を意識させられるのだ。
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論文の執筆に戻ろうかと思ったら、ふと部屋の隅にある小学校用の教科書に目がとまる。五年前に爆撃で死んだ孫のものだ。なぜか古文の教科書は、どの教科のものよりも分厚い。
あの日の事を思い出す。
朝7時の東京市街。生まれてから合計50時間ほどしか地表に出たことのない小学生の孫と、二人で共に散歩していた。
人間なら、たまには太陽を見せてやらなければならない。本人は最初、凄く嫌がっていたものの、かび臭いシェルターから離れるのはやはり爽快だそうで、すぐに楽しそうな表情に様変わりしていた。

心地良い時間だった。空から笛のような甲高い音が聞こえた。しばらくして目を覚ました。
私はアスファルトに仰向けで倒れていた。どれほど気絶していたのかはわからない。10秒だったか1時間だったかわからない。朝陽に焼かれたアスファルトのむせ返るような臭いを嗅ぎつつ、
爆発の衝撃で立ち起こった煤で黒く染められた空をしばらく見上げていたら全てがどうでもよくなって、とりあえず二度寝しようと思ったが、そういえば孫も一緒だった事に気付いた。
しかし驚くほど孫の安否に興味が湧かなかった。祖父であるにも関わらずだ。1時間前とか、あるいはほんの10秒前まで手を繋いで、孫の将来の夢について語らっていたのに。
と思い、孫と繋いでいた右手に少し意識を向けてみるとどうやら何かを掴んでいる感覚があったので、もしや私はちぎれた孫の手を握っているのかなと思い目をやると、単に私の右手が爆発でぐちゃぐちゃになっていただけだった。

妙に私は冷静だった。そのままずっと空を見上げていた。いや、何も見ていなかったと思う。ただ目を開いて仰向けだった。
しばらくじっとして、私の内部に孫の安否への興味が湧くのを待っていた。しかし湧かない。次第に「早く、湧け」という憤怒が私を覆った。しかし湧かない。
単に、頭を強く打ったから意識が混濁しているんだと思った。だからまず頭を働かせるために、何か考える事にした。
大昔の人は、牛乳をどうやって保存していたんだろう。牛乳は常温保存できるんだろうか。当時はどうやって氷を作っていたんだろう。そういえば知らないな。
ああ、興味があるなあ、知りたいなあ、気になるなあ、気になるなあ。
急に気になりだした。今までそんなものに意識を向けた事もないのに。
知りたくて居ても立っても居られなくなった。よく観察してみると、それは「生きたい」という意思だった。「へえ、俺は生きたいのか」と思った。まるで自分の思考の流れを、天空から呆然と俯瞰視しているだった。
とりあえず昔の牛乳の保存方法と氷の製造方法について知るべく立ち上がり、その前に孫を探そうと周囲を見渡す。

そこらじゅうに通行人の肉と骨と脂肪がバラバラになっていた。化粧品の街頭広告の、マスカラを持ってこちらを見て笑っているモデル女の顔面に血で染まった人間の尻だけがべっちょりと貼りついていて一瞬ヴィジュアル系バンドのメイクに見えた。
一歩踏み出すと足元がグニャっとしたのでゆっくりと見下ろしてみると、私の革靴の下で、ピアスが付いた誰かの耳が潰れていた。不思議と足をどかす気にならなかった。
孫の全てのパーツを探し分けるのは無理そうだ。たとえば1m先に握り拳ほどの大きさの物体が落ちているが、損傷が激しくて、ここからでは、頭部か胸肉か何かの臓器か、それともリュックサックなのか生理用品ポーチなのかすら判別できない。そんな物体が山ほど散らばっている。
突如として押し寄せる倦怠感。私は、とにかく「孫のシンボル」という一個の記号を得るために、そして「孫の遺骨ないし遺品を探し、手に入れた」という実績を得るために、適当にそこら辺に落ちていた親指の中でも一番きれいな親指を形見として拾ってその場を立ち去った。
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論文が行き詰まった。社会主義を批判すると、同時に大日本帝国や現政権を批判する事になる。難しいジレンマだ。
この論文において国が聞きたがっている主張は何だ?プロパガンダ論文ならそこら辺のエッセイストや小説家に書かせた方が効率がいいんじゃないか?
自慰をする事にした。
右手が潰れたので左手でおこなう。最初は、左手ですると、他人にしごかれているようで気分がよかったが、右手を失って以来、次第に左手が利き手としての性能を獲得し始めたので今は別に他人にしごかれている感覚はない。
射精と言えば、地表では当然のように出生率が低下しているらしい。だが0ではないのだ。

開戦前、緩衝国家であるネパールとブータンを獲得した中国は、遂にインドと戦争を開始した。
当然のように生物兵器が使用され、1977年のとあるソマリア人青年の感染を最後に姿を消していた天然痘が、インドで復活した。
中国軍がどこから天然痘ウイルスを入手したかはわかっていない。
病菌拡散兵器としての役目を負わされた鼠たちは「シヴァ」という挑戦的な部隊名を授けられ、大豆を積んだコンテナ船に紛れて入国。インド南端で生活を開始した。

天然痘という病は、皮膚にアバタ模様が現れるため、感染者は容易に判別され、コミュニティから排撃される。これにより深刻な社会不安が懸念される。
しかも、中国製の天然痘ウイルスは強化されている。強化と言っても単に致死性が高まっただけではない。
潜伏期間が長期化し、死に至るまでの時間が長くなっている。苦痛も強化されており、慢性的頭痛、不快感、焦燥感、気力減退、自殺衝動に悩まされる。
そして感染から20年で、ようやく天然痘らしい症状である皮膚化膿が開始、そして本格的発症により死に至るのは、25年という長い歳月を経てからだ
なぜそんな強化をしたかと言えば、中国はいよいよ戦争において、戦略性に加えて残虐性を追求する余裕を得たのだ。

うう… 年のせいか自慰をしていると心臓が痛くなる

生物兵器を使用した中国も中国だが、インドも結構に非倫理的なもので、
700平方キロメートルほどの、日本で言えば函館市(といっても既に中国の占領下だが)ほどの大きさの街に200万人を強制隔離した。時すでに遅し、特に効果はなかったが。
隔離地区内では自治もクソもない。インド政府は医療支援などは国連や赤十字に丸投げだ。
地区内の一切の住民は病苦に喘ぎ、多くの者は病死をまたずに自殺し、あるいは餓死した。なんせ死ぬまでに25年かかる。まさに地獄絵図だった。

しかし驚くことに、地獄内において出生率は女性一人あたり0.5人の水準を推移していた。そのような地獄的環境においてもまだ子供を産む者がいる。
他の途上国と同じく、赤十字がしっかりとコンドームを無償配給しているので、避妊具費用をケチっての出産ではない。自発的に生んでいる。

強制隔離先となった街は、「シン教(英語圏ではShin・Buddhismと呼ばれる)」が盛んであった。
外部から病人が大量に移送されてきても、変わらず隔離地区内での最大派閥はシン教徒であった。
シン教はインドでは珍しく仏教色の強い世界観で、その上キリスト教要素も吸収した新興宗教である。
特色としては、「出産は最高善である」とされている。輪廻とはすなわち全能神たる神が形成したものであり、ネガティヴな事象ではない。

快楽より苦痛の多い人生だったとしても、たとえ一度のまばたきほどの時間しか幸せのない人生だったとしても、この世に生まれて、僅かにでも幸せだったというだけで素晴らしい事である。
聖書に「地に栄えよ」とある通り、子を多く持つ事により神の栄誉を増す事ができる。よって、聖職者が子を持つ事も全く可能である。
この教義により、シン教徒は多産なのが常であり、それは強制隔離後も同様であった。
もちろん新生児は天然痘のまま生まれて来て、すぐ死ぬか、病苦に喘ぎつつ無為に成長し、病死をまたずに自殺し、あるいは餓死し、犯罪に走り、という顛末である。
彼らは子を持つ事により善業を成し、そして心を充足させる事が出来ているそうだが、なぜか自殺率は他教徒と変わらない。食い扶持が多いので、餓死率は他教徒よりも高い。

動悸がしてきた。心臓と相談しながら自慰をしないといけない年齢になったのか

そういえば、あの日の爆撃の後、今では全ての子持ち家庭に一般普及している鉛製の対爆ベビーカーだけが、路上に散乱する肉片の中で、しっかりと立っていた。
最初、中の赤子を助けてやろうと思った。爆散した誰かの血液と肉で汚れていて、強化ガラスの覗き窓からベビーカー内部を見る事は出来ない。
仕方がないので、中から赤子を取り出してやろうと、保護蓋を開こうと手をかけた。
だが、失っていた事を忘れて、私は爆撃のせいで肉がぐちゃぐちゃになっている右手を、無意識に蓋に差し伸ばしていた。
そういえば、もう無いんだな、と思いつつ、右手首の先端の肉塊から、心臓の鼓動に合わせてピュッ、ピュッ、と血が噴き出ているのを眺めていた。
痛かった。そうこうしている内にまた爆撃が来る気がした。私は救助しなかった。

私は空中に向かって射精した
景気が悪くなるにつれティッシュの質が悪くなる。粗悪なティッシュでチンコを拭いていると、亀頭がザラザラして痛い。
政府が人道性を口実に堕胎を禁止した事から、睡眠薬や風邪薬を大量に服用して堕ろす”療法”が市民間で流行しているそうだ。
人口減少を食い止めるため、日本政府はかなりの国家予算を割いて人造人間を研究している。
「え?コスト面から見ても、人間を作るよりも労働機械を作る方が費用対効果がいいのでは?」と思うだろうが、実は労働人口の補填ではなく、頭脳労働人口の補填が目的なのだ。
政府は統計マジックを用いて隠蔽しているが、実はもう頭脳労働人口すら不足しているのだ。
まあ別に、それにしても費用対効果は最悪なのだが、
一時期世界中がにぎわった人工知能も、世界中の情報工学者や機械工学者や神経哲学者が総動員されたものの、結局2172年にほとんどの国は研究を中止した。実用化できないのだ。
人工知能研究の実用化がまだ確実視されていた時代、「生命を作れるのは神だけだ」と研究に反対する運動への処置として、バイブルベルト全体の福音保守派に久々の国内虐殺を実行せざるを余儀なくされたアメリカ政府も、苦い思いをした事だろう。
で、その人造人間の製法というのは、まるでCPUやメモリやグラフィックボードなどを組み立ててパソコンを作るかのように、いろいろな感覚器官を再現・演算するデバイスを合体させて1個の意識を作るものだそう。
最初にまず、「苦痛」を感じるデバイスから人工生命が誕生する。全デバイスのうち最も重要で、ゆえに大きなデバイスだ。

ヤハウェが世界を作った時の第一声「光あれ」ならぬ「苦痛あれ」だ。フロイトの快楽原則がわかりやすいように、全ての生命は「苦痛からの逃走」を目的として生存をする。
なので、精子卵子に着床した瞬間に誕生する生命は、それすなわち「苦痛」に換言可能だ。生、すなわち、苦。人工生命開発に携わった神経哲学者は釈迦の観察眼の鋭さを再認識したに違いない。
そして、人工生命の「幸福」は、「苦痛」の減少で再現する。「幸福」を「苦痛が少ない状態」で再現する。一見、非人道的に見えるが、我々有機生命体も同じ仕組みで動いている。
その後も続々と「痛覚」「不快感」などを搭載される。
「せっかく自由に神経をデザイン出来るんだから、常に幸福を感じられるような、しあわせな生命を作ってあげれば?」と思う人もいるだろうが、国はそんなものに金を出しても得をしない。
それにそんな生物は働かないし生存できない、納税しない。生命から「苦痛」を奪ってしまったらあとは死ぬだけだ。「苦痛」への対症療法が「生存」だ。
国が国民の幸福を規制したいのは当然の事で、アヘン戦争も同じ理屈で起きた。あれは人間性と社会性の戦争だ。国家は何を目的に存在するのだろう?

それはそれとして、人工生命の実用化は無理だろう。仮に実現したとしても、その人工知能が最初に目にするのは、中国の一部と成り果てた中華人民共和国日本省の姿だろう。
「ワンモア・ヒロシマ」が現実のものになっているのに、東京の地下では大勢の政府高官とインテリがのんきに労働力補填のためのオカルト染みた超技術を研究している。政府の上層部には、幻想装置の使用者は居ない。もう世界全体が彼らの幻想装置なのだ。
ww2終戦の日に、玉音放送が吹き込まれたレコードをNHK職員から強奪しようとした、本土決戦論者の兵士を思い出す。
東京拘置所の麻原を奪還しようと、ちゃちな小型爆弾を携えて日本に入国してきたロシア人オウム信者を思い出す。
もう共産主義なんて無理なのに中核派に資金援助を続けていた京都の老人資産家を思い出す。
なぜ我々は、寝ているときに見た夢を、起床後にすぐ忘れるのだろうか?
夢で欲望が叶えられると、現実で生きる気力がなくなるので、脳が強制的に夢の記憶を取り上げているかららしい。何故そんな事をするんだろう。
そういえばあの瞬間、私の孫は、将来の夢を何だと言っていたかな。

日本崩壊を前に、秋篠宮家が全員スイスに避難した。それを皮切りに、避難対象者は、他の全ての宮家、旧華族、旧士族、皇位継承権500位以内の全員、国家褒章受勲者、と雪だるま式に増えて行った。
文化保護だから仕方がない。文化は大事だ。避難対象者になりたい政治家や資産家が裏ルートで次々と紫綬褒章やらなんやらを貰っている。
彼らの避難パスポートたる褒章は今も急ピッチで作られている。知り合いの国立大教授もスイスへの出国前、旭日勲章を見せてきた。粗製乱造が理由なのか、濁った色の旭日章はメッキで塗ったかのように安っぽく見えた。
華族や旧士族には没落している家も多くて、公営住宅生活保護を受けているような者も1960年代とか、それ以前の時点から結構いる。
知り合いの知り合いに、赤松氏だかなんだかの子息がいるが、今そいつは煎餅とかおかきの保存に使う防腐剤を製造する機械が停止した時に素早く技術者呼び出しボタンを押すためにその機械が動く様子を脇に立ってボーっと監視する仕事をしている。彼は避難させてもらっていない。何が違うんだろう。
国家上層部はもう完全に幻想に閉じこもった。私は幻想装置にはもう入れないし、何らかのイデオロギーに閉じこもるつもりもない。宗教だってメタから見る癖がついた。もう狂信者にはなれない。私はどの幻想世界に行けばいいんだ?
そういえば特に魅力的な避難所を心に用意していなかった。極右民族主義団体や過激派ゲリラや先鋭的宗教信者は、彼らの幻想世界に完全に避難し、いつ核の熱波に襲われようと問題がない状態なのに。
これではもう逆に正当なイデオロギーに傾倒する以外に心の拠り所がないわけだが、正当なイデオロギーはないのであった。

鰯の頭も信心から、とか言ったっけ。研究のために、以前オウム真理教の経典的位置付けのチベット密教説話集を読んだら似たような話があった。
その話はこうだ。信心深い母親のために、息子が、道端で死んでいた駄犬の歯だか肋骨だかを引っこ抜いて、釈迦の骨だよ、と偽って母親に譲ってやった。
嘘に気付かない母親は、犬の骨とも知らずそれを懸命に拝んだ。そうすると母親はみるみる信仰から来る活力に漲り始め、ついに高齢で死んだ際には、不思議な法力が発現し、母の亡骸は虹色に輝いて宙へ浮かび、光とともに天へ昇った。という説話だ。
信仰が真実であろうとなかろうと、信じるその心意気だけで救われるのだよ、という、ある種宗教をメタするような説話だったもんで驚いた。
宗教ぎらいは、この説話をもって、よりいっそう蒙昧の象徴たる「宗教」への侮蔑を深めるのだろうが、考えてみれば我々は日常における諸問題については全て、この信心深い母親のように自己欺瞞で合理化するほかない。
論理学や分析哲学の大家ですら、一個の現象を極限まで分解して善悪をはかる事は無理なのだから、一般人にはより不可能だろう。

「釈迦の遺骨」と称されて世界中の宗教団体に保管されている骨を全て一か所に集めると象2頭分の体積になるというが、先ほどの説話を踏まえてみれば、遺骨の増大は、信仰による法力の増大を意味しているように思える。
教え子を偲んで訪れた靖国で、ナチスの格好をした痩せた青年が旭日旗を振り回していたが、あの旗が鰯の頭として効果していたならそれはそれで賑やかではなかろうか。
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同じシェルターに住む知り合いの教授は、皆、幻想装置に入ってしまった。中国軍は既に東京24区内に足を踏み入れた。地表の、ある程度の高さの建物は全てバンザイクリフと化した。
私はその報せを聞き、平和ボケだなんだと言われていた日本人も、目前に中国軍が迫ればきちんと自殺を出来るほどの危機感を持っていたのか、と、少し関心する程度だった。
中国軍は意外にも原子力発電所を攻撃していないそうだ。よく考えればそれもそうで、戦勝後、太平洋攻略のための前線基地として使用する日本列島がこれ以上汚染されてはいけないのだろう。

散発的に、地表の何かの爆発の衝撃でシェルター全体が揺れ、この前幻想に焼かれた脳膜に響き、少し痛む。
敗戦を目前にして、シェルター内の民族主義団体の目はいよいよ輝きを増し、地表の民間人にゲリラ活動を促すためのスパムメールの文言を皆で徹夜で練っている。
することと言えばプロパガンダだけで、彼ら自身は銃を手に取ることはない…というステレオタイプな予感は裏切られ、実際にシェルターを出る若者もいた。
民間人義勇兵として戦死すれば軍神になれるらしい。既に爆撃で全焼し、その祭祀機能をバーチャル空間に移した靖国神社に、彼らの魂はゆくのだ。モニターの中のCGの靖国神社に。

はたまた、敗戦を理由に切腹をする10代、20代の若者もいる。あの、パソコンの写真で和歌を詠む集団の若者達だ。
彼らは、シェルター内の最も人目につく場所でそれを決行する。
自作したツギハギの白装束を羽織り、シェルター内の家庭から譲ってもらったプラスチック製の底の浅い皿を盃に見立て、それに注がれた焼酎を飲み干し、シェルター内の家庭から譲ってもらった刺身包丁で、照れくさそうに自決した。
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物資欠乏とともに、この世の終焉を前にした不思議な疼きがきっかけとなり、シェルター内では売春が流行っている。
愛国心という自然的でない感情を、さも「我々ヒト科は生理的に、原始の頃から、備えている」とする欺瞞で満ちていたシェルターに、ついに人間性の華が咲いた。
衣服とは、体温保持のためではない。裸体を恥だと感じる、その不自然な同調圧力から生じた枷だ。
倫理の仮面を脱いだ地下人間は、毎日、狭い部屋にこもり、毎日、違う相手とまぐわった。
哲学、倫理、民族、文化、国家、天下。
中国軍がこのシェルターを発見するまで、我々は猿になれる。

隣の個室に入居している法学者の娘が、咳止め薬3瓶と引き換えに私に股を開いてくれることになった。

かび臭い私の部屋に女が入ったのは何年ぶりだろうか。
今から始まる行為を見られては嫌なので、垢まみれの服を脱いで生まれたままの姿になった私は、壁に飾ることを強制されていた天皇の肖像に近づくと、それをそっと裏返した。天皇が消えた。革命が起こった。
爆撃のせいで水道機能は全面停止しており、ここ数カ月シャワーすら浴びられていない。汗と小便と垢の悪臭は、我々人間もしょせん服を着た動物であるという事を教えてくれる。

だがしかし、目の前に裸の女が、それも10代の女がいるというのに、私は全く興奮しなかった。
不思議だなと思いつつ私は、女がベッドの上に乗り、仰向けの姿勢を取ろうとする一連の動作を無の感情で眺めていた。

一閃…

ベッドに足をかけた瞬間、女が曲げた膝から、関節の鳴る「ぺきっ」という音がして、静寂を一瞬にして切り裂いた。
その瞬間、私は、はじめて、今から、血の通った、生きた、動物とセックスするのだという、相手は、この女は生きているのだという、私以外にこの世界に、生きている存在がいるのだという衝撃、これに襲われ、はじめて猛然と勃起した。
ゴムがない事に気付いた。戸棚を大急ぎで開き、分厚い哲学書学術書を乱暴にかきわける。
それらが床にドサドサと落ちる音は、しなかった。
時刻は正午。スピーカーから爆音で流れる君が代の音も、しなかった。
興奮状態の私の耳は、ドクドクという血流の、自然の音で、何も聴こえなかった。

棚の奥底から日焼けした聖書が出てきた。震える手で開く。腹の膨らんだ女が天使と何か話している挿絵のページに挟んであるゴムを取り上げると、濡れそぼった自身のそれに嵌めようとしたが、なにぶん久しくゴムなど使っていないのでやり方がわからない。
悪戦苦闘していると、ゴムの外装にプリントされた文字が目に入る。「MADE IN TIBET」。そういえば、天皇もゴムをするのだろうか?

 

 

途中で描くのをやめた裕仁

 

風刺画とかプロパガンダポスターだと吊り目に描かれてるけどめっちゃ垂れ目ですよね

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途中で描くのやめた漫画の一コマ コカインを吸う女子

 

前までこのブログでは宗教の話とか小説とか書いてたけど急に恥ずかしくなったので全部消しました

途中で描くのやめたクッパ姫

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アオリ角度の顔と、布、難しいわね

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トレース練習絵! 

奥崎謙三は、その行動の動機において、ヒロイズムを主目的としていた割合が非常に強い人であるとの見方が強い! 

ゆきゆきて神軍制作裏話を目にするまでは、単にアナキスト精神病者だと思っていました ちなみに奥崎がAV出演する、痴呆老人虐待映画「神様の愛い奴」は結構グロくて面白いです(「ゆきゆきて神軍」の原監督は「こんなもの撮るな!」とご立腹でした)

奥崎は、古清水隊長の息子を改造拳銃で撃ったのに、なんで天皇は殺傷能力のないパチンコで撃ったんだろう 時代も時代だし今より拳銃、手に入りやすいでしょ その頃ってもう過激派左翼とつるんでただろうし尚更(いや、パチンコ狙撃の後からつるみ始めたんだったか????)

「歴史ある場所だから」と、あえて後方支援部隊しかいない市ヶ谷でクーデターをした三島もなんでだろう(ソースは「倅・三島由紀夫」)

脚本の名人・三島が、誰の目にも壮大な自慰にしか見えないクーデター=低級な脚本を実行したのも、奥崎が殺傷能力のないパチンコで狙撃したのも、動機に何か共通項が見えてきそう

ちなみに奥崎は「警鐘を鳴らす事が目的で、殺害は目的じゃなかった」訳ではないと思います。神軍撮影裏話で奥崎が天皇殺害計画を原監督に喋ってたし(いや殺害計画の相手は田中角栄だったかもしれない)

 

最近hoi4をしてて毎回チベットでプレイしてます

チベットの政治体制をファシスト化すると国名が「チベット帝国」になるけど、チベットの場合は誰が帝(みかど)になるんだろうか…

チベットを共産化した時の「チベット僧院共同体」という国名は素敵です

教義的に、仏教は共産主義と相性がよいです 基本的に禁欲と執着からの解放を奨励するし、ビルマは資産家が僧院に喜捨し、僧院が貧民に施しをする、という形で富の再分配をするなどして「仏教社会主義」と呼ばれていましたし(ラオスとかカンボジアもそうだった) 麻原彰晃も幼いころは毛沢東思想に傾倒していました

史上最も共産主義と癒着した宗教が仏教ではないでしょうか

 

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天龍ベロチュー絵TTじゅるじゅる

竿役より天龍の方がデカい