ギニョっち通信

朝鮮関係の翻訳ニュース、将棋、アングラネットの話。日本語でググっても出てこない情報をアップします キムギニョン

女子高生金閣寺


昔、夏場の夕方にバイト帰りに自転車を漕いでいると、近所の私立校の制服を着た女子高生が自転車に乗って下校していた。

当時、かなり閉塞的な生活をしていた、カッペ+片親+貧困家庭出身+中卒+部落民+在日朝鮮人のぼくは、刺激に飢えていた。
また常々「女子高生は、どれほど物質的に恵まれて、また精神的にもルンルンな生活を送っているんだ?」と気になっていた。

ぼくは女子高生というか女性に接した事がない。高校も10ヶ月だけ通っていたが女子と接した記憶はない。
唯一接したのは、土曜日に補習で登校した際、校内に人が少ない事を利用してロッカーからパクった好きな女子の体操靴をトイレに持ち込んで中出ししたくらいだ(翌日体育の際に体操靴をその女子が履いているのを見てもう一回中出しした)(中出し?)。
だから女子高生の考え方や生活が全く想像できない。
ぼくは女性を知らなさ過ぎて神格化してしまってる部分がある。
きっと女子高生は全員金持ちで、両親が居て、家がデカくて、
大学に行く予定で、将来性があって、小遣いはかなり貰っており、全員おしゃれと音楽に精通してて、部屋にはいい匂いのデカいベッドがあって、
しゃれた雑貨が置いてあって、小鉢でしゃれた植物を育てていてそれに外国人の女性名を付けていたり、
王様のブランチを欠かさず見ていたり、ダイバーランドに欠かさず行ったり、恋ダンスの振り付けを覚えていたり(振り付けが2割くらい曖昧なら尚良い)、
漏れなくそういう生活をしていると信じている。メインカルチャーサブカルチャーを一身に受信しているいい匂いの柔らかいバカ、それがぼくの中での女性像だ。
その「幻想」を「既知」に変換すべく、じゃあ今俺の目の前で自転車に乗ってるこの女子高生に家まで着いて行こうと思った。

女子高生は、ピンクのワイシャツに灰色のスカート。ポニーテール。靴は清潔な地味に高そうな灰色のスニーカーだった。
俺の、コーヒーの買い出しの帰りに寄った松屋で牛丼特盛を食って店を出た2分後に漏らした軟便が染み付いた、3年履いている穴の開いた汚いスニーカーとは大違いだ。
ぼくはセーラー服が好きなのだが残念ながら近所の高校のセーラー服はどれもデザインがカスなので興奮しない。俺は艦これの潮みたいなコテコテセーラーじゃないと興奮しない。
女子高生は、信号待ちの時、静止した状態でペダルを踏んで立ちこぎの姿勢を取り、お尻をふりふりしだした。なんだこいつは?ぼくは恋に落ちた。

実はここまで女子高生の顔は一回も見ていない。しかし薄ろ姿だけでも十分かわいい。
後ろをぴったり追尾しているので風に乗ってシャンプーや柔軟剤のいい匂いが薫ってきて、それを吸い込むと自分の身体が送ってきた汚れた歴史が内面から免罪・解毒されるようだった。
地方都市特有の、小さな薄汚い一戸建てと、洋服の青山と、ジョイフルと、ボコボコのアスファルトの道路と、休耕田と、知らん名前のローカルスーパーが立ち並ぶ風景の中を、
上下作業服+坊主頭+鳥肌実扇風機おばさんを足して2で割ったような顔の俺が女子高生の後ろを自転車で追尾している。

今俺の目の前にいるこの女子高生はぼくに無いもの、つまり学歴、将来性、お金、両親、健全な友達、健全な歴史、楽しい部活動、などを全て持っているんだろう。
この女子高生に着いていけばこの汚い街から解放されて、ぼくが持ってない全てのものが揃った境地に連れて行ってくれるんじゃないかと思った。
俺のような汚い人生を、このお尻ふりふり女子高生は送っていないのだろう。
この信号待ち立ちこぎ姿勢お尻ふりふり女は、中卒ではないし、精神科に通院歴もない、朝鮮の血は入っていないし部落民でもない、
シコろうと思ってチンコをこすった瞬間に鈍い痛みが走ってさっきシコったばかりなのを思い出すというカスみたいな体験をして、それをツイッターに投稿してウケようと文面を練ったりした経験なんてないだろうし、
小学生の頃にケロロ軍曹を読んでて入浴中の夏美のおっぱいの乳首が湯気で隠れているので鉛筆で乳首を書き足したはいいものの小学三年生にしてその時すでにデカ乳輪を描いたという経験などないだろうし
(釈迦が生まれた時に天上天下唯我独尊と言ったエピソードに少し似ている)、
高校受験のストレスで塾の帰りに廃工場の裏手に音を立てないように入って12月にも関わらず裸になって音を立てないように機械的にシコって音を立てないように服を着て出て行くというルーチンを
毎日夜中に40分かけて繰り返していた経験もないだろうし、結局塾まで通って受かったのは地元で2番目に頭の悪い高校でしかも10ヶ月で中退したという経験もないだろう。
俺のように、近所の高級マンションの一階でバスを待っている、恐らく夫の収入でその高級マンションに住んでいるであろう若妻の、ドレープ袖から覗く脇肉でオナった事もない。
恐らくこの女は彼氏のチンポが性欲を満たしてくれている。この女はパンケーキとライブと試験とクリープハイプと彼氏のチンポとクリープハイプのチンポの事しか頭にないのだろう。
まあ恐らくこれら全て、ぼくが女子高生に無知ゆえに抱いた夢想(むそう)だ。この夢想をストーキングによって振りほどくことでぼくは異性への神秘のベールを一枚はぎ取れるのだ。

女子高生の家に着いた。
ぼくはてっきりデカい清潔な一戸建て、もしくは地方都市のサラリーマンが頑張って買った小さい、だが小奇麗で、玄関先には嫁によるものであろうガーデニングがしっかり見繕ってあって
表札はなぜか英語の筆記体、みたいな一戸建てだと想像していた。

きったねぇ、全面ラベンダー色の低層マンションだった。

駐輪場の自転車も全部汚い 錆びてる。駐輪場の屋根のトタンはカビが咲きまくって黒色だ。
近くにはパチンコ屋と、墓場と、他の汚いマンションと、休耕田しかない。
女子高生も、こんな汚い所に住むんだ。

実際に女子高生の生活環境を見る事で、少し女性が苦手じゃなくなった気がした。
女子高生だって、ぼくみたいに汚い場所に住むんだ。少し肩の荷が降りた(肩の荷?)。

ぼくは駐輪場に行き、その女子高生が乗っていた自転車のサドルを撫でて、顔を寄せて一瞬だけ嗅いで、写真におさめて、
駐輪場を出て、近くの古本市場で中古の蹴りたい背中を108円で買って、家に帰って、一気に読んだ。面白かった。

この話を、ただ女子高生に着いていってサドルを嗅いで帰って読書した気持ち悪い話と捉えるのは間違っている。
あの日確かにぼくの生まれ持っての女性への苦手意識というのは撤廃されて、遠い存在である「女子高生」のベールが一枚はがれた。

サドルを嗅いだ瞬間に、はがれるのを実際に感じた。
今後、ぼくが女性と親密な関係になったとしたら、それは確実にあの日嗅いだサドルがぼくの背中を押した故の成功だろう。
三島由紀夫金閣寺では、主人公の吃音僧侶・溝口は金閣寺を焼く事で、自分の美に対する劣等感や、卑屈な陰性の感情をはねのけた。
ぼくは、女子高生のサドルを嗅ぐ事で、自分の女性に対する劣等感や、卑屈な陰性の感情をはねのけた。

溝口は金閣寺を一戸燃やせば自分のアイデンティティを確立できたが、ぼくはまだ確立には至っていない。
まだ近くに生えてる雑草を一本火でちょろっと炙ったくらいだ。
ぼくの中に建っている金閣寺を全焼させるには、きっと何回も女子高生のサドルを嗅ぐ必要があるのだろう。
こんど、メルカリで、実際に女子高生が着ていた、学習院高校か目黒研心の女子セーラー夏服を買おうと思う。
セーラー服を買う事で、こんどはもっと神秘のベールを剥げて、もっとデカいダメージを金閣寺に与えられる。
いつかJKリフレにも行って一発抜いてもらう。これはあさま山荘の鉄球レベルのダメージを金閣寺に与えられるだろう。
ぼくの中の金閣寺を、ぼくはこれからもボコボコにしていこうと思う。